背景
2020年の初めから猛威を振るったコロナは、ビジネス、産業、企業、働き方、人々の価値観などさまざまなところに影響を及ぼしました。
これまであるとされていた”正解”や”正しいこと”の所在が曖昧になり、人々が自分だけの感覚と価値観で生きる究極的な個の時代に突入したと感じます。
ビジネスシーンにおいても大きな変化が起きています。先読みが難しいVUCA時代に突入し、変わりゆく環境に柔軟に対応しながら変革をし続ける必要が出てきました。
そうした中で2020年に始まったのが、企業人事のためのメンタルヘルスケア管理サポートツール「Weekare」です。
発起人はIT系に強いリクルートメントエージェンシーです。他のエージェンシーとは比べ物にならないプロフェッショナリズムとチャレンジ精神をもつこの会社が、コロナ禍をチャンスと捉え、時代が必要とする新規事業を生み出したいと考えたのがきっかけでした。
もともと知り合いだったこの会社に声をかけてもらって、サービスデザイナー、スクラムマスターとしてプロジェクトに参画することになりました。
IT企業での人事部長経験者、外資ITでのスーパーエンジニアなどが集いプロジェクトが始まりました。
従業員のメンタルヘルス課題
課題提起は創業メンバーであるIT企業の元人事部長でした。
テレワークの導入率が20%を超える中で、従業員のメンタルヘルス管理が企業にとっての大きな課題になっており、この課題解決を可能とするSaasプロダクトを作ろうというのが始まりでした。

新規事業開発では「自分ごと化できる課題から始める」というのがセオリーですが、アイデアの発起人が自身の過去の人事経験をもとにした確度の高い課題でした。
そのためスタートから課題の存在が明らかで、かつ定数の顧客からの共感が得られそうというだというアドバンテージがありました。
ビジネスモデルキャンバスを用いてプロジェクト期初のPlan Aを書き起こしました。

ちなみに上のビジネスモデルキャンバスは、リーンスタートアップ式・新規事業開発のために私が独自に考案したものです。
スタートアップフィットジャーニーである、
- CPF(Customer Problem Fit)
- PSF(Problem Solution Fit)
- PMF(Product Market Fit)
のステージゲートの流れに沿ったモデルです。
新規事業開発では今何に取り組むべきなのかが判然とせず迷走するケースが多々みられますが、正しいジャーニーを進むことで無駄なリソースの投資を最小限に抑えて、着実にアイデアを前進させることができます。
市場性把握
市場性把握では、トップダウン(TAM/SAM)とボトムアップの2way方式で概算把握を行いました。
トップダウン①(TAM:Total Addressable Market)
2020年のHRテックのマーケットサイズは1381億円とされていました。
内訳は、
採用・配置:約1000億円
人材開発・組織開発:約100億円
勤怠・労務・給与管理:約300億円
となっています。
開発するプロダクトの所属を決めるのは難しいですが、仮に「人材開発・組織開発」とすると100億円規模であることがわかります。
なおHRテックマーケットの成長率は、毎年20%前後と言われており、まだまだ伸び代のある業界だといえます。
トップダウン②(SAM:Serviceable Available Market)
TAM分析では具体性に欠けるので、解像度を上げるためにSAM分析を行いました。
SAMはおよそ60億円ほどだということが判明しました。
| 従業員規模 | ~100 | 100~1000 | 1000~ |
|---|---|---|---|
| 従業員数別企業数 | 395万 | 5.5万 | 0.5万 |
| テレワークを推進している企業の割合 ※日本の人事部調べ | 20% | 20% | 20% |
| テレワーク推進企業のうち社内コミュニケーションが 難しくなったと答える企業の割合 ※独自調べ | 48% | 48% | 48% |
| HR Tech ツールを導入している企業の割合 ※日本の人事部調べ | 6% | 12% | 30% |
| クラウド型人事システムの年間費用相場 ※300円/1ユーザー x 12ヶ月 × 従業員の中央値 | 18万円 | 180万円 | 720万円 |
| セグメント別市場規模 | 40.9億円 | 11.0億円 | 10.3億円 |
ボトムアップ
1ユーザーあたりの月額利用料を300円として計算しました。
費用はラフラフですが、損益分岐点は年間10,000ユーザーということが判明しました。
5000人以上の従業員数を抱える企業は579社あり、そのうちの2社でも全社導入にいたれば利益に転じる事業になることがわかります。
| 総利用者数 | 1,000 | 2,000 | 5,000 | 10,000 | 20,000 |
|---|---|---|---|---|---|
| 収益 | 360万円 | 720万円 | 1800万円 | 3600万円 | 7200万円 |
| 費用 人件費:3000万円 外注費:500万円 | 3500万円 | 3500万円 | 3500万円 | 3500万円 | 3500万円 |
| 純利益 | △3140 | △2750 | △1700 | +100万円 | +3700万円 |
トップダウンとボトムアップの市場性把握により「筋が悪すぎないマーケット」だということが確認できました。
競合分析
HRテックのカオスマップからメンタルヘルスケアの競合プレーヤーを洗い出しました。
Weekareの発起人によると、組織エンゲージメントやチームケアといったプロダクトは多いものの、個人ケアにフォーカスしたプロダクトはほとんど存在しないということでしたが、これが調査分析から証明された形になりました。
「個人 x ケア」にフォーカスしたプロダクトの方向性で進めることになりました。

ステークホルダーオーディット
サービスに関与するステークホルダーの洗い出しを行いました。
それぞれのペルソナで「解決すべきCritical Pain」「役割・行動」「ジャーニー上で想定されるPain/Gain」について大まかに検証を行いました。

リモートワーク下で、チームメンバーの顔が見えずに困っているのは「チームリーダー・マネージャー」ではあるが、「社員」はそもそもストレッサーが上司である場合に自分の上長が監修者だとしたらアラートを上げられない、アラートを上げられないままメンタル不調を抱えてしまう、という隠れノックアウトファクターの存在が発見されました。
なので、アラートを管理・対応するのは中立的な人である「HR」を推奨とする座組みになりました。
隠れたGain/Painやメンバー間でのすり合わせを行うために、それぞれのペルソナのジャーニーを作りました。

ソリューション仮説
ペルソナをベースに課題の細分化とそれに対するソリューション仮説を組み立てました。

課題仮説
- メンタルヘルスが危険領域を超えた人がわからない
- 属性(新卒、産休明け、リモートワーク etc…)ごとの分析がしたい
- 組織ごとの分析がしたい
- 社内レポート業務の負荷を減らしたい
- ツール導入して意味があったと社内にアピールしたい
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ソリューション仮説
- ケアすべき人が一目でわかる
- 個人の動向を細やかに追える
- 属性タグをつけて傾向を見れる
- 組織ごとの分析ができる
- エクスポート機能
- アラート数や回答率がわかる
細かく言うとさらにありますが、主要なソリューションはこうなります。
きっちりやるならジャベリンボードなどを用いますが、今回は簡易的にソリューションの洗い出しを行いました。
これに基づいてプロトタイプを作成しました。
プロトタイピング
ソリューションを具体化するためにプロトタイプを作成しました。
ケアすべき人が一目でわかる
ダッシュボードのアラート発信者パネルでは、アラートを挙げている人が誰なのかを一目で把握することができます。また直近の回答推移やアラート回数なども合わせて表示することで、アラートの深刻度を判断することが楽になります。

個人の動向を細やかに追える
個人の詳細画面では、より詳細な情報を閲覧することができます。
直近のアラート回数や回答率、回答推移などを確認できます。
対応が必要な従業員については、コメントを残して継続的な経過観察を行うことができます。

属性をつけて管理できる
ユーザー属性には、管理者が自由にタグを設定して従業員に付加することができます。
「リモートワーク」「本社勤務」「新入社員」など、見たい情報のカットでタグを設定できます。

組織ごとの診断ができる
個人のケアをするプロダクトといっても、管理者が気になるのはやはり組織ごとの動向です。
部署別の比較ができるように、ダッシュボードに組織比較パネルを設置しました。
組織ごとの詳細動向が気になる場合には、部署名をクリックすると詳細情報に飛ぶことができます。

エクスポート機能
管理者は月次で部署内報告を行うため、ローデータをエクスポートして加工する必要があります。
エクスポートページでは、担当部署や期間、タグなどを選択して、情報をエクスポートできるようにしました。

アラート数や回答率がわかる
アラート数や回答率など重要な指標が一目でわかるようにしました。

ユーザーアンケート画面
企業ごとの様々なニーズに応えられるように、メール、LINE、アプリという3つのアンケート方法を用意しました。IT系や大手企業であればメールアンケートを、一方でメールアドレスが配布されていない中小企業や店舗で働く従業員にはLINEやアプリによるアンケートを選ぶことができます。
アプリやLINEの場合には、本人認証が重要な機能になってくるためカスタマージャーニーを注意深く配慮して設計を行なっています。

以上のプロトタイプをベースに、人事部管理者に対してユーザーインタビューを行い、課題仮説とソリューション仮説の検証を行いました。気づいていなかった課題なども新たに発見されましたが、概ねキーとなる課題とソリューションが有用であることは証明されました。
PSF(Problem Solution Fit)の達成です。
スタイルガイド
大筋は間違っていないことが確認できたので、本格的な開発に向けてスタイルガイドを規定しました。
同時にブランドロゴやキーアセットなどの開発も行いました。

アジャイル開発
そしてアジャイル開発を本格始動させました。
毎週のスプリントでベロシティの付いたチケットを計画的にこなし、機能改善を行なっています。

コンセプト・提供価値考案
課題仮説とソリューション仮説が実証されたので、次のステップは「顧客がお金を払うのか?」の検証です。
この検証を行うためにプロダクトコンセプトと提供価値を具体化し、LPやサービス紹介資料に落とし込みました。

プロダクトコンセプト
ささいな変化も見逃さない。従業員のメンタルヘルスケアをサポートするHRツール
提供価値
- アラートの早期発見と対処が可能になる
- メンタルダウンに関するコストを低減できる
PMFが達成されないという問題
新規事業開発のあるある問題。それは、課題が存在していて、ソリューションが有用なはずなのに、顧客がお金を払わないという問題です。PMF(Product Market Fit) が達成されない。
普段はスタートアップのメンタリングなどを行うときに第三者として認識していた問題が実際に自分達の身に起きてしまいました。

顧客がお金を払わない理由は単純。価値を感じていないからです。
無料お試し期間という名目でテストマーケティングを行なったのち、ユーザーインタビューを行いました。
実際2ヶ月使ってみても、お金を払ってまで継続利用をしたいという企業はまだ現れていません。
フィードバックインタビューの中で重要なインサイトがいくつかありました。
- 従業員アンケートがシンプルすぎて、アラートが本物なのかの判断ができない。もっと解像度高く把握をしたい。
- 人事側からの一方的な情報収集に終わってしまう。従業員が自発的なアラート発信ができるようにしたい。双方向にコミュニケーションができることが重要。
- Googleアンケートでやろうと思えば自分たちでできてしまう。Google アンケート+ダッシュボードくらいな印象。
実際に使ってみてのリアルなインサイトを聴くことができました。
今後の展望
PMF達成をするためには、ひたすら機能拡張やピボットを行い、顧客がお金を払いたくなるような価値を実装していく以外に手はありません。
私たちは継続的なインタビューと協業によって、機能拡張と価値アップに取り組んでいます。
- 大学教授との共同研究で従業員の個別診断を実装
潜在的なメンタルリスクを抱えた従業員をあらかじめ特定し、アラートに強弱をつけて把握できるようにする。 - ケアプランの提供
産業医を抱える規模ではない中小企業に対して、産業医による従業員のケアまでを内包するプランを提供する。アラート発信者が誰なのかわかった、でもどうしたらいいかわからないという課題を解決する。 - インタラクション機能の追加
従業員側から何か相談事があるときに、自発的に連絡が取れるという機能を追加する。

お金を払ってでも使いたいと思ってもらえるようなプロダクトにするために、開発は引き続き継続しています
外野が無責任に語る新規事業ではなく、オーナーシップを持って当事者として新規事業開発を経験していることが大きな価値だと感じています。成功体験よりも失敗体験の方が多いですが、他の誰かが新規事業を立ち上げるときの転ばぬ先の杖となれたら嬉しいなと思って、引き続きトライ&エラーを続けていきます。