背景
物心ついた頃から彫刻刀を片手に木を掘ったり、近所の絵師のところに大和絵の描き方を習いにいったりしていた私は、日本のものづくりや職人さん達に思い入れがありました。
そんなおり、神戸のクラブで偶然に知り合った鉄工所の跡取り息子の友達と一緒に何か面白いことしようぜ!と週末プロジェクトをはじめたのがきっかけでした。
友達も日本の製造業を支える者として、日本の職人さんたちやものづくりに新しいスポットライトを当てられないかという思いを抱いていました。
技術力はあるけど、いまいち認められていない、そんなものづくりの状況を、友達の会社のリソースと私のプロデュース力を合わせて変えていくことにしました。
私たちが目をつけたのは、2012年当時、世界中で大人気のiPhone5でした。
iPhoneがアーリーアダプター達に浸透し始め、それに伴ってアクセサリー市場も活況を迎えようとしていました。
まだ誰も開拓していない”高級iPhoneケース”市場に進出し、それによって日本のものづくりを世界に発信することにしました。
コンセプト開発
若さゆえか自分の力を信じて疑わなかった私は、自分の感性で自分が欲しいと思ったケースを作れば売れる!と考えました。
当時のiPhoneケース市場は、プラスチックの安物ケースしかほぼ存在しておらず、せっかく買ったiPhoneに無骨なケースをつけるのは本末転倒なのではないか?と思っていました。
保護のためのケースではなく、ファッションアイテムとしてのケースを作り上げよう。
そう心に決めました。
ブランド名は「MORPHA WORKS」。
友人の営む鉄工所の高い技術力、職人ネットワーク、私のプロデュース力を掛け合わせた日本で無二のブランドを作り上げると決めました。

技術xデザインのプロダクト開発
私が自分で欲しいと思ったiPhoneケースの要素は2つ
- 着膨れしないこと
- 芸術的な柄が楽しめること
着膨れしないこと
当時のiPhoneケースは、プラスチックであればそこそこの薄さは担保されるものの、金属や木のケースとなると加工上の都合か厚さが5ミリを超えるケースがほとんどでした。
この厚さ問題を解決するために、私たちはアルミの王様と言われるジュラルミンを曲げ加工によりiPhoneの形に曲げた後、iPhoneの横の溝に合わせて切削するという複雑な工程を採用しました。
通常であればこのような複雑な加工は歩留まり率が低く、加工時間も長くかかってしまうため誰もが採用しない方法でした。
しかし、私たちは何十回のトライアルを重ねてついに理想のフォルムを作ることに成功しました。
そして「薄金 for iPhone」と名付けました。


芸術的な柄が楽しめること
エッチングという技術をつかって世界で無二の柄を作ることにしました。
エッチングとは金属を硫酸で溶かす技術です。
古くは中世ヨーロッパで鎧に家紋を掘り込む技術として用いられ、現代では回路基盤を作る際に使われることがほとんどです。
そのエッチングをつかった芸術的な金属模様を現代に甦らせました。

電波問題
新規事業に思わぬ事態はつきものです。
MORPHA WORKSが直面したのは電波問題でした。
金属ケースはwifiなどの微弱な電波を遮断してしまうということが判明し、対応を迫られました。
取れる手立てとしては、背面パネルに貫通部分を増やし、電波の通りを改善するという方法です。
言うは易し、行うは難し。
当初は切削技術を用いて貫通させると言う方法を考えましたが、加工時間がかかりすぎるためエッチングでどうにかならないかを模索しました。
そして、裏と表の両面からエッチングをすれば、貫通させることができそうだぞということが判明し、藁をすがる思いでデザイン改良を続けました。


しかし、まだまだ貫通率を上げなければならず、さまざまな柄のトライアルを続けた結果、至高のアラベスク柄が完成しました。
貫通率、美しさなど、どれをとっても完璧な柄でした。
瞬く間に売れ筋商品となり、毎月のロットは売り切れ御免状態が続くことになったのでした。


世界観の発信
いいものをつくっても、世の中の人に知られなければ仕方がないので、マーケティング活動にも力を入れました。
当時まだ黎明期だったSNSマーケティングでトライアンドエラーを繰り返し、またSEOの最適化を行い「金属 iphoneケース」で検索結果1位を獲得するようになりました。
ブランドサイトやSNSでの露出が増え始め、MORPHA WORKSを知ってくれる人も増えてきたように感じました。


ミラノサローネ招聘、大英博物館への永久収蔵
立ち上げから2年で売り上げ3000万円を達成し、さらにその2年後には日本おもてなし大賞を受賞。
それがきっかけとなり、イタリアのデザイン博覧会であるミラノサローネへ招聘、最終的にはイギリスの大英博物館へと永久収蔵されるに至りました。
プロジェクトの当初の目的であった、日本の職人さんやものづくりを世界に発信するを達成できたと感じた瞬間でした。
この取り組みに賛同し、協力してくれた全ての人に感謝です。